見えないバリアを無くす~なぜ、ユニカレを作ったか その1

障がいがある人の就職を全力サポートする障がい者ビジネススクール「ユニカレさが」の代表である大野のブログです。不定期にアップしていきます。

今日はユニカレ誕生秘話についてブログを書きます。3回シリーズになる予定です。

世界中には、この日本の、私たちが生活する地域の中でも、社会的弱者と言われる人はいます。社会的弱者とは社会の一員ながら、一般的な多くの人に比べて、著しく不利な状態にいる人を言います。世界で言えば貧困や災害、紛争の現場にいる人、制度の中で抑圧されている人なんかを思いつくことでしょう。日本でも経済格差による相対的貧困層や、障害者、高齢者、シングルマザー、認知症患者、難病、ジェンダー(性差)、交通弱者、、外国にルーツを送人々、様々なマイノリティなど、厳しい環境の中で生活する人がいます。

社会的弱者と言われる方々は上記の「様々な要因が見えないバリアとなって社会とのアクセスができなくなっている状態の人」だと私は定義付けています。例えば、私たちが支援する東南アジアの貧困の村の人々は、貧困という見えないバリアによって、教育、衛生的な水、医療、適正な農業技術などにアクセスできなかったり、機会や選択が著しく狭まれていたりしています。また、同様に日本においても「障害」という見えないバリアによって大多数の構成する社会にアクセスできない人もいます。これらの方々を社会的な弱者といいます。

弱者の定義は難しいのですが、仮にここでは「自らの責任からではない条件で不利な状態にあり、生活に支障をきたしている人」とします。(これについては別稿で詳しくお伝えする機会を持ちたいと思います。)これらの人を目の前にした時、不利な状態でない私たちはどうすればいいのでしょうか?生活に困っている人に、できることなら、何か応援したい、困ったときはお互い様と思うものではないでしょうか。

熊本に藤井さんという古くからの知り合いがいます。彼が2013年ころ「障がい者のためのビジネススクールって作ったけど見に来ない?」と連絡がありました。当初は別段「へぇ、面白そうだな」ぐらいで、当時私は国際協力NGOの事務局長兼専務理事だったため障がい者のことはそれほど深く考えたことがありませんでした。

ところが、遊びに行ったときに障がい者ビジネススクールの受講生の母親にお話を伺ったことで考え方が変わりました。私が彼女に「障がい者ビジネススクールはどうですか」と質問しました。「これは私たちの希望です」と彼女はきっぱりと答えました。「私の息子は高機能自閉症で特別支援学校を卒業して就職しましたが、途中で行けなくなってしまいました。辞めてしまってから、彼が行きたいところはありませんでした。そのまま、家の中で引きこもるしかなかったのです。でも、このビジネススクールがあったので、行くところがありました。息子はもう一度、社会に出るチャンスをもらいました。ゼロと1は全然違います。絶望と希望の差です」概ねこのような内容のことをおっしゃいました。

「障害」のために社会とのアクセスがうまくいかなくなってしまう人がいて、その人のための次なる希望として障がい者のためのビジネススクールがある。これは健常者で大学に落ちた人のための予備校のようなものではないのではだろうか。健常者と呼ばれている人には再チャレンジの機会があるのに、障害がある人にはそれがない。これって、人権問題なんじゃないのだろうか、と私は思いました。途上国で貧困のために教育機会を持たない人々と同じじゃないか。そう思ったのでした。

~その2に続きます。~

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

障がいがある人のための就職応援事業所

障がい者ビジネススクールユニカレさがの詳細、最近の活動はホームページ

http://unicolsaga.or.jp

を、ご覧くださいね。

このブログについて

「障がい者ビジネススクール ユニカレさが」の 代表をしています大野博之です。このブログは、発達障害、精神障害、知的障害、身体障害、難病などの障害がある人の就労をメインに、障害そのものや障害福祉について発信していきたいと思っています。「貧困」や「ルーツを外国に置く人」などの社会的に不利な状況にある方々についても言及します。

私は「障害者」も「貧困」も『見えないバリアに』よって、『ある基準』を軸に、社会の外側に起これた状態にいる人だと考えています。『状態』だから、それを変革することは可能だと考えています。なぜなら、これらは、私たちの社会が作り出したものだからです。私たちが作り出したのでしたら、私たちで変えることは可能なはずです。

私たちが作った『見えないバリア』を無くし、『ある基準』を無くしたとき、この二つの言葉が社会からなくなるのだと思います。貧困撲滅活動によってノーベル平和賞を取ったムハマド・ユヌスは社会から貧困をなくし、貧困を博物館に入れて過去のものにしてしまい、「貧困て何、何故人々は貧しかったの?」と問うような世界にしてしまいたい、と語りました。私は「障害者」という言葉も同じように博物館に入れたいと考えています。

障害者が社会の中でごく普通に生活していて、周りの人がそれに違和感を持たずに共に生きている状態、その時に「障害者」というくくりはなくなると思います。障害のある人、から、人と違った個性を持った〇〇さん、という個人の名前で社会を構成していったとき、その時が博物館入りした時なのでしょう。

その実現のためにこのブログを始めます。

今後の記事としては

発達障害を考える

脳科学から見た障害

障害者の就職と雇用

認知行動療法について

うつ・気分障害・パーソナリティ障害について

精神障害全般について

障害福祉について

子どもの貧困

途上国の貧困

外国人との共生

などをコンテンツとしていく予定です。